【コラム】大和川のつけかえ-つけかえしないと決めてから- (3) 天和3年の付け替え検分(1)-検分ルート-

2023年9月28日

 天和3年(1683)の検分は、2月18日に若年寄稲葉石見守正休、大目付彦坂壱岐守重紹、勘定頭大岡備前守清重らが、幕府から任命されて畿内一円の河川を検分し、その治水方法について検討したもので、新井白石の『畿内治河記』に検分ルートが記されています。

 一行は、3月に京都から賀茂川、白川、桂川をまわり、保津川を遡り、嵯峨から淀、鳥羽、伏見と淀川を下って大坂へ。大和川を亀の瀬まで遡り、深野池・新開池まで下り、周辺の小河川を見たうえで備前島、片町、京橋をまわり、平野川を遡って猪飼野小橋から狭山池まで上り、下って瓜破、依羅池、手水橋と付け替えが検討されている地をまわっています。狭山池への上りは西除川、下りは東除川でしょう。さらに、船で中津川、神崎川、尼崎、堺、住吉、大坂と大阪湾岸をまわり、再び石川を赤坂までのぼり、亀の瀬を越えて生駒、初瀬、奈良、木津、宇治、石山、瀬田とまわって京都へ帰って検分を終えています。大和川から竜田川、大和川上流、佐保川、木津川、宇治川、瀬田川を見てまわったのでしょう。現在の京都市から大阪市、大阪府東部・南部、大阪湾周辺をまわって奈良県、京都府南部、滋賀県の琵琶湖までという行程です。それにしてもすごい移動距離です。

 日程の詳細はわかりませんが、一行は閏5月に江戸に帰っています。約3か月もの長旅による徹底した調査でした。この検分には、治水に詳しい伊奈半十郎、河村瑞賢も同行しており、結局河村瑞賢が主張した淀川河口の治水工事などを実施することで大和川の洪水はなくなる、付け替えは不要であるという決着をみています。この間に従来からのルートによる付け替え、新しいルートでの付け替えについても検討したことがわかっています。それぞれの付け替え検討に対する反対嘆願書が残されているので、次にそれをみながら付け替え不要という結論が出るまでの過程についてみていきたいと思います。

 (安村)

天和3年の調査地

天和3年の調査地

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